AI作曲時代だからこそ、自分で音楽を作る価値が高まる

AIを使えば、音楽の勉強をほとんどしたことがない人でも、それなりに完成度の高い曲を手に入れられるようになった。ジャンルや雰囲気を言葉で指定すれば、イントロからエンディングまで整った一曲が出来上がる。Sunoのようなサービスは、まさにそれを誰にでもできるものにした。

ただし、それを「自分が作った曲」と呼ぶことには、僕は少し引っかかる。「作った」というより、文字どおりAIに「作らせた」ものに近いからだ。

もちろん、AIに曲を生成させること自体を否定するつもりはない。プロンプトを考え、出てきたものから良いものを選び、さらに修正を重ねていくところにも、その人なりの判断はあるだろう。ただ、完成した曲を手に入れることと、自分で音楽を組み立てることは、僕にとってはかなり違う行為だ。

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「作った」と「作らせた」の違い

一曲の音楽には、数え切れないほどの小さな判断が詰まっている。イントロでどんなシンセを使うのか。ドラムのフィルインを入れるのか、あえて入れないのか。ベースを細かく動かすのか、長い音で支えるのか。サビで楽器を増やすのか、それとも逆に音数を減らすのか。

一曲を丸ごとAIに生成させるやり方では、そうした判断のかなりの部分をAI側に委ねることになる。楽曲の構成、セクションごとのアンサンブル、個々の楽器の音色や演奏内容まで、こちらが一つひとつ決めているわけではない。

人が自分の感性に忠実に作った作品には、その人ならではの癖や、場合によっては少しいびつなところもある。それも含めて、その人の音楽なのだと思う。一方、生成AIは大量の音楽から学んだ結果として「このジャンルなら、だいたいこういう音楽になる」という答えを非常に上手に出してくる。

それを聴いて楽しむことと、自分で何かを作り上げた満足感は、やはり別のものだ。

作曲家は脚本家、編曲家は監督

映画の制作に例えるなら、作曲家は脚本家、編曲家は監督だ。

脚本家は物語の骨格を作る。登場人物が何をして、どのように話し、物語がどこへ向かうのかを決める。音楽でいえば、メロディやコード進行を作る仕事に近い。

一方の監督は、その脚本をもとに、俳優の演技、カメラの位置、照明、美術、衣装、編集、音響など、作品を構成するさまざまな要素をまとめ上げる。音楽でいえば、どの楽器を使い、それぞれに何を演奏させ、どんな音色にして、曲全体をどう展開させるのかを考える編曲の仕事に近い。

どちらが偉いという話ではないが、僕自身は、より大変で、よりやりがいがあり、そしてより楽しいのは監督の方だと思っている。僕は作曲以上にアレンジが好きなので、メロディが出来上がったところはゴールというより、むしろスタートに近い。

アレンジには無限の楽しさがある

ドラムのパターンを考え、ベースのフレーズを作り、メロディの隙間に効果的な合いの手を入れる。背後のストリングスでサウンドに厚みを出したり、ブラスセクションで華やかさを加えたりする。一瞬のブレイクを作って、聴いている人をハッとさせるのもいい。

こうした小さな工夫を積み重ねながら、最初はメロディとコードだけだったものが、だんだん一曲の音楽になっていく。僕にとっては、この過程こそが音楽制作のいちばん面白いところだ。

AIに完成品を出してもらうというのは、映画でいえば、簡単なあらすじだけを渡して、キャスティングから撮影、演技指導、編集まで全部を誰かに任せるようなものに近い。出来上がった映画が面白かったとしても、自分で監督したときの楽しさとは別物だろう。

メロディを自分で作れば「自分の曲」なのか

では、自分でメロディを作り、そのアレンジをAIに任せた場合はどうだろう。

僕は、それなら自分の曲と言ってよいと思う。メロディは、その曲をその曲たらしめている非常に重要な要素だからだ。作曲にはこだわりたいけれど、アレンジにはそれほど興味がない。自分の手で隅々まで編曲したいとは思わない。そういう人にとっては、AIはかなり強力な味方になるはずだ。

ただ、今のポピュラー音楽ではアレンジの占める割合も非常に大きい。メロディそのものは平凡でも、リズムや音色、構成が格好よければ、それだけでずいぶん魅力的に聴こえる。アレンジのできない人がシンプルなメロディをAIに渡し、サウンドだけ非常に格好よく仕上げてもらえば、聴き映えのする曲を作ることもできる。

だからこそ、「どこまでを自分でやりたいのか」は人によって違っていいのだと思う。メロディを作ることが楽しい人もいれば、僕のように、その後のアレンジに大きな面白さを感じる人もいる。大切なのは、自分がいちばん楽しいと思っているところまで、便利だからという理由だけでAIに渡してしまわないことだ。

分業は一つの方法にすぎない

音楽を分業して作ること自体は、もちろん昔から行われている。特に商業音楽では、作曲家、編曲家、作詞家、演奏家、プロデューサーなど、それぞれの専門家が役割を分担する方法が発達してきた。

モータウンを作ったベリー・ゴーディは、自動車工場の組立ラインで働いた経験を持ち、そこで学んだ考え方の一部をレコード制作やアーティスト育成に応用したと、モータウン・ミュージアム自身が説明している。ヒットを継続的に生み出すための仕組みとして、非常に合理的だったのだろう。

しかし、それは商業音楽を効率よく作るための一つの方法であって、「音楽は分業して作るのが正しい」という話ではない。

ベートーヴェンやモーツァルトを僕たちは普通に「作曲家」と呼ぶが、彼らのオーケストラ作品を見ると、現在ならオーケストレーションや編曲と呼ぶような仕事まで作曲の中に含まれている。ベートーヴェンの交響曲第6番には本人による完全な自筆総譜が残っており、モーツァルトの自筆譜にも自ら楽器編成を書き込んだものが残されている。

さらに極端な例がワーグナーで、『ニーベルングの指環』では音楽だけでなく台本も自分で書いた。全四部作の音楽と台本がワーグナー自身によるものだったことは、メトロポリタン歌劇場の資料でも確認できる。

もちろん、何から何まで一人でやることだけが創作ではない。ただ、全部を自分の意思で作り上げていくところに、音楽制作ならではの大きな喜びがあることも確かだと思う。

僕がAIにやってほしいこと

では僕自身は、音楽制作にAIを使いたくないのかというと、まったく逆だ。かなり期待している。

例えば、自分で作ったギターソロを、優れたギタリストが弾いたような演奏にしてもらう。自分で書いたサックスのフレーズを、呼吸や強弱まで含めた自然な演奏にしてもらう。打ち込んだストリングスを、音符やアレンジは変えずに、もっと生々しく抑揚のある演奏にしてもらう。

そういう使い方なら、僕は「AIに作らせた」という感覚にはならない。何を演奏するのかを考えたのは自分で、AIにはそれをより良く演奏してもらっているだけだからだ。ギターの弾けない作曲家がギタリストに演奏を頼むことと、発想としてはかなり近い。

そして今回、この記事を書くにあたって現在のAI音楽制作環境を改めて調べてみたところ、ここは僕の認識を少し改める必要があった。

その未来は、もう一部始まっていた

Sunoはすでに「一曲をポンと生成して終わり」というサービスではなくなっている。現在のSuno Studioでは、マルチトラックのタイムライン上でステムを並べ、特定の楽器を追加生成したり、複数のテイクから一部分ずつ選んで組み合わせたりできる。Song Editorでは曲の一部分だけを指定して作り直すこともできる。さらに、ステムをWAVで書き出すだけでなく、ステムからMIDIを抽出してDAWへ持っていくことまで可能になっている。

ステム分離そのものも進んでいる。2026年6月のアップデートでは、単純にミックスから音を切り分けるのではなく、元の演奏に合わせた各パートをAIが改めて生成する方式も導入された。

さらに興味深かったのがACE Studioだ。こちらは一曲を自動生成することよりも、制作者が書いたものをAIに演奏させる方向へかなり踏み込んでいる。MIDIで自分が音符を書き、それをストリングス、サックス、トランペットなどのAI楽器に演奏させることができる。音符だけでなくダイナミクスやフレージングを解釈して、人間らしい演奏としてレンダリングする仕組みで、DAWとはACE Bridgeというプラグインで連携できる。

つまり、僕が「もう少しAIが進めばできるだろう」と考えていたことの一部は、すでに始まっていたわけだ。これはちょっと嬉しい誤算だった。

AIが「本当の相棒」になる時代

そう考えると、AI音楽制作はすでに二つの方向へ分かれ始めているように見える。

一つは、言葉を入れれば完成した音楽を作ってくれるAI。これは音楽を作れない人にとって、とても便利なサービスだと思う。

もう一つは、自分で作ったメロディ、MIDI、演奏、アレンジなどを材料にして、それをより良い形へ仕上げるAIだ。こちらは従来のDAWやソフト音源、演奏家との共同作業に近く、音楽制作者にとって非常に面白い方向へ進み始めている。

現状では、こうした機能はまだいくつものサービスや工程に分かれているし、「自分のアレンジには一切手を加えず、このパートの演奏表現だけを良くしてほしい」といった要求を、どんな楽器でも思いどおりの精度で扱えるところまで完成したとは言いにくい。ただ、少なくとも「そんな時代はもう少し先だ」と言って待っている段階ではなさそうだ。Suno StudioやACE Studioを見る限り、その方向への移行はすでにかなり具体的に始まっている。

僕が面白いと思うのは、AIが人間の代わりに音楽を作ることよりも、人間が作りたいものを、これまでより自由に実現できるようになることだ。

AIが創作の面白いところを奪うのではなく、自分一人では実現できなかった演奏や表現を助けてくれる。そんな存在になってくれれば、AIは音楽制作者にとってかなり頼もしい相棒になると思う。

誰でも簡単に完成品を手に入れられる時代だからこそ、自分で考え、自分で選び、自分なりに細部を作り込んでいくことの価値は、むしろ以前より高くなっていく。

そして調べてみると、僕が思っていたよりも少し早く、音楽制作者にとって本当に楽しいAI時代は始まりつつあるようだ。

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