今は、楽器がほとんど弾けなくても、パソコンとDAWさえあれば音楽が作れます。音源もプラグインも本当に優秀で、すべて打ち込みで作った曲でも、十分に迫力のある仕上がりになる。
僕自身、普段の制作では打ち込みを多用しています。音色を選び、タイミングを調整し、オートメーションを書き、ミックスで聴こえ方を整える。そういう作業の大切さを否定する気は、まったくありません。ただ、打ち込みで音楽を作る人ほど、優れた生演奏に触れる機会は意識して増やした方がいい。僕はずっとそう思っています。
この12か月に観た、または観る予定のライブ
僕が普段どのくらいライブに行っているのか、生徒にはあまり話していない気がします。せっかくなので、2025年12月から2026年11月までの1年間に観た、あるいはこれから観る予定のライブを並べてみます。
2025年12月
- ラリー・カールトン(エレキ・ギター / ジャズ、フュージョン)
- パティ・オースティン(ボーカル / R&B、ソウル)
- カウント・ベイシー・オーケストラ(ビッグバンド / スウィング・ジャズ)
2026年1月
- リー・リトナー(エレキ・ギター / ジャズ、フュージョン)
2026年3月
- 渡辺貞夫(アルト・サックス / フュージョン)
2026年4月
- ミシェル・カミロ(ピアノ / ラテン・ジャズ)
- タワー・オブ・パワー(バンド / ファンク)
2026年5月
- キャンディ・ダルファー(アルト・サックス / ファンク)
- 渡辺貞夫 with オーケストラ(アルト・サックス / ビッグバンド・ジャズ)
- アルトゥーロ・サンドバル(トランペット / ラテン)
2026年7月
- サイモン・フィリップス(ドラム / ジャズ、フュージョン)
- バッハ・コレギウム・ジャパン(バロック・オーケストラ&合唱 / クラシック)

“マイクで録音した音”でも”スピーカーから出てくる音”でもない、楽器そのもの、人そのものから出てくる生の音の素晴らしさに触れることも音楽制作者にとって重要。
2026年8月
- マリア・シュナイダー・オーケストラ(ビッグバンド / コンテンポラリー・ジャズ)
- ピーター・アースキン(ドラム / コンテンポラリー・ジャズ)
- ブルーノート東京オールスター(ビッグバンド / スウィング・ジャズ)

2026年9月
- マイク・スターン(エレキ・ギター / フュージョン、コンテンポラリー・ジャズ)
- クリスチャン・マクブライド(ウッドベース / ジャズ)
- ユリシス・オーエンス・ジュニア(ドラム / ジャズ)
2026年10月
- イエロージャケッツ(バンド / フュージョン)
- マーカス・ミラー(エレキ・ベース / フュージョン、ファンク)
- カウント・ベイシー・オーケストラ(ビッグバンド / スウィング・ジャズ)
2026年11月
- ケニー・バロン(ピアノ / ジャズ)
全部で22公演。意識してジャンルを散らしているわけではないのですが、ジャズ、フュージョン、ファンク、ビッグバンド、オーケストラ、クラシックと、並べてみるとかなり幅広い。もちろん娯楽として楽しみに行っています。でも僕にとって、ライブを観ることは音楽制作の勉強でもあります。
生演奏には、数値にしにくいものが詰まっている
優れた演奏を聴いていると、音符やコードだけでは説明できないことが山ほど起きている。音を出すほんの少し前の気配、音の立ち上がり、長さ、強弱、間の取り方、フレーズの終わらせ方。同じメロディーでも、誰がどう弾くかで、聴こえ方はまるで違う。
打ち込みでは、音の位置や強さを数字として確認できる。便利ではあるけれど、音楽の良し悪しが数字で決まるわけではない。優れた生演奏を聴くと、数値としては不規則に見えるものが、音楽としてはむしろ自然に響くことが分かる。
アンサンブルの中で起きていること
アンサンブルでは、演奏者同士が互いの音を聴きながら、その場で細かく反応し合っています。ドラマーが少しだけ前に出る場面もあれば、ベースが後ろに構えることでグルーヴが生まれることもある。楽譜に書かれたことを正確に再現するだけでなく、全体の流れを感じながら、一音ごとの意味を変えている。
こういうものを、DAWの画面を見ているだけで身につけるのは難しい。音を置く位置やベロシティーの調整は覚えられても、なぜそこに音を置くのかという判断は、実際の演奏を聴かないとなかなか育たない。
楽器を弾くことも制作につながる
僕はピアノだけでなく、エレキギターもアコースティックギターも日常的に弾きます。上達を目指して練習することもあれば、特に目的もなく触っているだけの時間も多い。
たまにはスタジオに行って、ドラムを叩くこともあります。以前のように演奏の仕事をするためではなくても、実際に身体を動かしてリズムを出すと、打ち込みのドラムを作るときの感覚まで変わってくる。どの楽器も常に本格的な練習をしているわけではないけれど、実際に演奏することで、音楽を画面の中のデータだけで考えずに済む。
鼻歌や替え歌も立派な音楽体験だ
一人でいるときは、鼻歌を歌ったり、その場で適当な替え歌を作ったりもします。人に聞かせられるようなものではないけれど、思いついたメロディーをすぐ声に出すことは、音楽を考えるうえでかなり役に立つ。
楽器を弾くことも歌うことも、頭の中にある音を実際の時間の中へ出してみる行為だ。音楽は本来、時間の中で音を出し、耳で聴き、身体で感じるもの。だから、こうした何気ない習慣も制作と無関係ではありません。
EDMであっても、生演奏から学べる
「自分が作っているのは完全な打ち込みのEDMだから、生演奏なんて関係ない」と考える人もいるかもしれません。でも、EDMに生楽器を入れるべきだとか、機械的なビートを人間らしく崩すべきだ、という話ではない。むしろ、機械的で正確な表現を選ぶこと自体が、その音楽の魅力になり得る。
それでも、音楽の時間的な流れ、音の重なり方、緊張と解放、フレーズの呼吸、ダイナミクス。こういうものは、生演奏からいくらでも学べます。優れた演奏家やアンサンブルの中には、長い時間をかけて磨かれてきた音楽的な判断が詰まっている。
生演奏をそのまま再現する必要はない
どのタイミングで音を出すのか、どこで抑えるのか、どこまで繰り返して、いつ変化させるのか。こうした判断は、ジャンルや使う楽器が変わっても役に立つ。
生演奏をそのまま打ち込みで再現する必要はありません。そこで感じ取ったものを、自分の作る音楽に合う形へ置き換えればいい。完全に電子音だけで構成された音楽でも、その奥にある時間感覚や構成の判断には、生演奏で得た感覚を生かせる。
ミックスや編集でできること
今の音楽制作では、ミックスやDAW上の編集で、曲をかなり魅力的に聴かせられます。音を重ね、帯域を整理し、空間を作り、展開を派手にする。タイミングが悪ければ直せるし、演奏の強弱も後から変えられる。便利な技術は、どんどん使えばいい。
僕自身もそうした技術を使って仕事をしているので、編集やミックスを軽視する気はありません。ただ、音を豪華にすることと、音楽を良くすることは、同じではない。
それでも編集だけでは作れないものがある
フレーズそのものに魅力がなかったり、リズムに推進力がなかったり、音の受け渡しがうまくいっていなかったり。そういうものを、ミックスだけで価値のある音楽に変えるのは難しい。編集技術だけで音楽の根本的な魅力を作ろうとすると、どこかで必ず限界が来る。
その点、生演奏は音楽の根の部分と直接つながっている。優れた演奏は、たった一音や短いフレーズだけで人を惹きつけることがある。音数もエフェクトも少ないのに、強い説得力がある。先に磨くべきなのは、そういうものを感じ取れる耳なのだと思います。
DAWの外にも音楽はある
打ち込みの技術を学ぶことは大切だ。音源の使い方も、編集も、ミックスも、マスタリングも、今の音楽制作には欠かせない。ただ、それだけを勉強していれば良い音楽が作れる、というわけでもない。
ライブに行く。楽器を弾く。歌う。誰かと音を合わせる。普段は聴かないジャンルの、優れた演奏にも触れてみる。そういう経験は、すぐにプラグインの設定として役立つものではないけれど、音楽を判断するための基準を、少しずつ育ててくれます。
打ち込みで音楽を作っている人ほど、ときどきDAWの画面から離れた方がいい。画面の外にある音楽をたっぷり吸収してから、もう一度画面に戻る。その繰り返しが、結局は打ち込みで作る音楽そのものを良くしてくれる。僕はそう思っています。

