Ozone de マスタリング Part13 EQ 初心者のキミへ

今回はマスタリングに限ったことではなく、EQ全般について、主に初心者、初級者を対象に書いていきます。

ヴィンテージEQの謳い文句につられないこと

「ヴィンテージEQの温かい低音が、」とか、「シルクのような高域が、」とかの謳い文句につられて、ヴィンテージ系のEQ(ソフトや実機)を購入してしまった初心者は少なくないと思いますが、ヴィンテージ系のEQはサウンドに、個性(つまりクセ)があり、またパラメーターを動かした際にも、応答がリニアではなく、独特の個性的な反応を示します。つまり”簡単に思ったような結果にならない”ということです。

そういったEQを使いこなすには豊富な経験やカンや慣れが必要ですので、初心者の場合はサウンドに色づけがなく、操作に対して予測通りの反応を示してるくれるデジタル系のEQの方が適していると言えます。EQ自体に慣れる必要がある段階や、マスタリングの初歩の段階であれば尚更でしょう。100曲くらいマスタリングしてからヴィンテージ系を使ってみると、それらの違いもわかって良いと思いますし、目的に対して”的確な使い分け”ができるようになるでしょう。初歩の段階で道具に振り回されて実りの少ない時間を過ごすよりも、確実にステップアップできる道を選んだ方が良いように思います。

ブーストもカットも、QはデフォルトでOK

「ブーストは広く、カットは狭く」とよく言われることですが、知識ばかりが先行して、極端に狭いQで無意味にあちこちカットしまくっている例を良くみます。「このケースでは狭いQ、こちらのケースでは広いQが適切だ。」と確実に”自分の耳”で判断がつくまでは、”本で覚えたQの幅”など無意味です。どんなEQでもQの初期値は、上げるにも下げるにも”そのままでちょうど良い幅”になっているので、ブーストもカットもデフォルトのままでOKです。プロフェッショナルなエンジニアでも、けっこうデフォルトのQのままブーストやカットをパッパと手際よく行って仕上げていくんですよ。Qをいじるのは”必要性を自分の耳で感じた時だけ”でOK。本に踊らされないこと。

本に記載の値は、あなたの楽曲にも人生にも無意味

よく本に「この場合、スネアの397Hzを、Q幅2.2で、6.9dB上げると良いでしょう。」とか書いてありますが、どの数字にも何ひとつ意味がありません。使っているスネアの音色、ドラムのパターン、楽曲のジャンルや方向性、他の楽器の音色や楽器編成、ボーカリストの声や歌い方、歌詞の世界観(これ大事)、そういった様々な要因で”どこをどうしたら良い結果になるか”は全く違ってきます。つまり上記のような、”本に書かれている数字”にはなんの普遍性もありませんし、何の参考にもなりません。目をつむるか左右のスピーカーの中心を睨んで、音に集中して「ここだ!」とマウスの手を止めたら「たまたまその値だった」という、ただそれが書かれているだけですから、”何かが変われば全部変わる”ということです。

本は、「それが役立つかどうか」で出版されるのではなく、買う人がいれば出版されます。ライターも馬鹿馬鹿しいと思いながら文章の中に小数点以下まで値を正確に書いていきます(「結果はキャプチャ画像の通りです」では文字が埋まらないので)。本に書かれている内容の中で価値があるのは、心構えとか、ジャンルごとの考え方とかいった部分です。

良いバランスを少しずつ体で覚える

EQで”素晴らしいバランスに仕上げる”という目標に向かって作業するわけですが、”素晴らしいバランス”を耳がしっかりと覚えていなければ、素晴らしくしようがありません。逆に言えば、もしあなたの耳がそれをしっかり覚えているとしたら、明日からエンジニアで食べていけます。つまり、プロのエンジニアでなければ、一聴して「こことあそこを直せば素晴らしくなる」なんてわからないわけです(ハッタリでわかったようなフリをする”自称プロ級”はネット上にいくらでもいますけどね)。アルバム100枚分くらいマスタリングしたら耳が覚えてくれるらしいですよ。僕はまだ全然わかりませんね。生徒のを聴いて「下の方ダブついてんなー」とか、「ハイハットうるせー」くらいならわかりますけど、生徒が「ですよね~」っていうくらいの次元です笑

リファレンス曲をDAWに読み込んで頻繁に比較

ではどうやったら少しでも素晴らしくできるかというと、素晴らしいものと聴き比べて、違う部分を修正していく、ということをしていくことです。ただ闇雲にいじるより、結果としても良くなりますし、その過程でとても勉強になります。もしもボーカルものだったら、ボーカルとオケの関係性や、イメージが近い楽曲をDAWのトラックに読み込んで、自分の作品と交互に聴いてはエディットしていって下さい。素晴らしいバランス感覚を身に着けるための”はじめの一歩”として、最善にして唯一の方法だと思います(必ず、プロのエンジニア、できれば一流のエンジニアがマスタリングした楽曲から選ぶこと。”地下”と”一流”では、”音楽”という同じ枠でくくるのを躊躇したくなるくらい違いますのでね)。

うまくいかないこと自体は問題ではない

こうしてリファレンスと比べながらやっていくと、リファレンスと自分の作品との”あまりのギャップ”と、どれだけ時間を費やしても一向にギャップが埋まらないことに愕然としたり凹んだりすると思います。しかし現時点で、”近づけられたか、あるいはそうできなかったか”それ自体は特に問題ではありません。それは当たり前のことです。あっちは百戦錬磨のプロで、その”腕前ひとつ”で家族を養ったり娘を大学にやったり家を建てたりイイ車に乗ったりできているわけですから、例えばあなたがバイトやお勤めの片手間に5年くらい真似したからって”同じ感じ”にはなりません。でも5年の間、”いつでもなるべく近づけようと努力し続けた”その時間は、あなたにとってとても価値あるものを与えてくれるはずです。

自分の耳だけを頼りに調整していく

♪何度もい~うや~ぅ♪、素晴らしいものに近づけようと努力をする際、”本で見た数字で、なんとかしてやろう”と思わないことです。人の可聴帯域は20Hz~20000Hzの間です。EQは、その中のどこを上げるか下げるか、というだけの道具。非常に単純な道具なので、理解に苦しむ難解な合わせ技や、ビックリするようなウラ技などありません。つまり上手にEQが扱えるようになるには、”耳が良くなればいい”、実はそれだけのことなんです。「耳には自信ないけど、でも俺だってあの本のあの数字で~・・・」これは無理なんです。今の時点の、今の自分の耳だけを頼りに、エディットしていきましょう。それ以外に方法はありません。耳の習熟度と同じだけ、作品のレベルも上がっていきます。レシオ1:1。

おわりに

生徒によく「先生!ぜひ本を書いて下さい!」って言われるけど、こんなEQの本を書いたって売れないでしょう? 5ページで終わっちゃうし。出版はボランティアじゃなくてビジネスだから「この本を買ったら”その日から”マスタリングもEQも自由自在ですよ!」、「しかもお手頃な価格」っていう感じでみんなを飛びつかせないとね。僕が出版社をやっていたってそうします。ま、やっていないんで、こんなボランティアをしているんだけどサ

でもこれでEQの回はおわり!って言ったら、最後まで読んでくれた人に申し訳ないので、次の回ではマスタリング時のEQについて”普遍的”と思えることだけを、まとめてみようと思います。チャオ!

目次