【連載】デシベルの話(DTMer向け)#4(最終回)

デシベルについての連載も、いよいよ最終回です。今回は、音楽制作に欠かせない「パンニング」と音量の関係について、シンプルにお話しします。ぜひ最後まで読んでみてください!

(この記事は12分で読めます)

目次

モノラルからステレオへ

今では左右のスピーカーやヘッドフォンで音楽を聴くのが当たり前ですが、これにも歴史があります。1940年代から1970年代にかけて、ステレオ技術が進化し、複数チャンネルで録音・再生できるようになりました。しかし、ステレオシステムはモノラルの2倍のコストがかかり、当初は普及が難しかったのです。

パンにも歴史がある

現在、音楽は左右2チャンネルのステレオが主流で、音を左右に配置する機能を「パン」といいます。これは”パノラマ”が由来で、ステレオ音像の中で音の位置を決めます。初期のパンは現在のようなツマミ式ではなく、左・中央・右の3つの位置しか選べないスイッチ式でした。

クリックで拡大します
一番奥のスイッチがパン。L, M, R と見える

「古い曲でおかしなパン設定があるのはなぜ?」と聞かれることがあります。例えば、ドラムとベースが右だけから聴こえ、次に左からギターとピアノ、中央からボーカルが出てくるといったものです。これは当時の技術的な制限のためです。

Pan Lawとは

ここからが本題です。ミックスでギターを左にパンすると、左スピーカーから100の音が出て、右は0です。センターにパンすると、左右から同じ音量が出るので、全体の音量が2倍になってしまうことがあります。この音量変化を防ぐために「Pan Law(パン・ロー)」が使われ、中央にパンしたときも音量が大きくならないように調整されます。

【ちょっと寄り道】
実際には中央にスピーカーは無いのに、スピーカーの無い中央からギターの音が聴こえてくる。これは人間の聴覚の錯覚によるものです。左右のスピーカーから、寸分の違いもない音声信号が同じタイミング同じ音量で放たれると、人にはそれが中央で鳴っているかのように聴こえる、というものです。その時の中央の音像を”ファントム・イメージ”と呼びます(直訳すると”幽霊像”ですかね)。

さて、ギターが中央で鳴っている時のスピーカーから発せられるエネルギー=音響パワーについて考えてみます。ギターを左にパンニングしていた時は”左100:右0”でしたが、今はセンターにパンニングしたので左右から同じだけのエネルギーが放出されています。これがもし”左100:右100″だったらどうでしょう。空間に放出される音響パワーはスピーカー1本の時の2倍の200となり、当然ギターの音は大きく聴こえることになります。つまりパンでギターの位置を左右に動かすと、連動して音量も変化してしまう。これではミックス作業に支障が出てしまいます。なので中央にパンニングしても音が大きくならないよう補正する機能が必要であり、それが ”Pan Law” パン・ローです(直訳するとパン法)。

補正の方法はいろいろ

パン・ローの補正方法はさまざまで、2本のスピーカーの音響パワー(スピーカーに送る電力)を半分にするために-3dBの補正をする場合や、音圧に基づいて-6dB(音圧が半分)にする場合、その中間を取って-4.5dBにする場合などがあります。コンソールやDAWごとに設定は異なります。例えば、Neveのコンソールでは-2.5dB(古いProToolsも同じ)、SSLは-4.5dBです。Studio One、Live、Digital Performerのように変更できないDAWは多くが-3dBで補正されており、Logicは3つ、Cubaseには5つの選択肢があります。

古いCubaseではデフォルトが-3dBでしたが、後に選択肢が増え、現在は「均等パワー」がデフォルトになっています。均等パワーとは、どこにパンしてもスピーカーに与える音響パワーが一定であるという意味です。そのため、左右2つのチャンネルの出力が直線的に変化するのではなく、平方根に近いカーブを描くようになっています。これにより、完全に端にパンした場合とセンターにパンした場合の音量差をなくし、その中間でも音響パワーが均等になるよう調整されています。

異なるDAW間でマルチトラックオーディオをやりとりすると、Pan Lawの違いによってセンターの音が大きく聞こえたり小さく聞こえたりすることがあります。また、ミックスする空間の音響特性や、スピーカーと壁との距離、反射、スピーカー同士の距離、リスニングポイントの位置などもステレオ感に影響します。自分の環境に合ったPan Lawを試して調整することが、より良いミックスに繋がるでしょう。

例えば、DTM環境で大きなディスプレイを2台横並びに配置し、その外側にスピーカーを設置すると、スピーカーがリスニングポイントから離れすぎてしまい、「中抜け」現象が起こります。これは、センターに位置する音が弱くなり、ミックス時に中央のパートの音量を上げがちになる状況です。逆にスピーカーが近すぎると、センターの音を下げすぎてしまい、メインボーカルが引っ込んで聞こえる失敗ミックスになりやすいです。DAWによってはPan Lawを調整することで、こういったセッティングの問題を補正できる場合があります。一流のエンジニアがミックスした楽曲を使ってPan Lawの設定を試しながら調整すると、より良い判断ができるでしょう(アマチュアのミックスで試すのは避けましょう)。

まとめ

この連載では、デシベルの基本から始まり、音楽制作での具体的な応用までを解説してきました。デシベルの役割や、RMSとピークの違い、音圧とダイナミクスの取り扱いなど、DTMで必要な知識を紹介、最終回ではパンニングとPan Lawについてご説明しました。

この連載が、皆さんの音楽制作に少しでも役立ち、ミックスがさらに楽しくなることを願っています。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

プロフェッショナルなミックスのアドバイスが必要ですか?



目次