あなたの楽曲はノイズまみれかも知れない【#3】 浮動小数点

最終回となる今回は、浮動小数点に焦点を当てます。DAWの設定画面で目にする「〇〇bit(float)」の正体とは?DTMを本格的に行うなら、浮動小数点の仕組みとその利点を理解しておくことが不可欠です。

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“浮動”ってなんだろう

小数点はわかっても「浮動って何?」と思われる方も多いと思います。浮動とは“浮いて動く”、つまりあちこち移動するという意味です。小数点が特定の場所ではなく、あちこちに移動する、ということです。そして、浮動小数点を用いることで、情報量が飛躍的に増加します。デジタルのオーディオ・データは2進法で記録されますが、ここではわかりやすいように10進法で説明しますね。

情報量が倍増

ビット深度と解像度について

あるスポーツのチームがあり、”背番号を3ケタで付ける”というルールがあったとします。その場合何人に背番号を付けられるかというと、一番小さな背番号000から一番大きな背番号999まで、1000人の選手にしか背番号を付けることができません。

これに対して、「好きなところに小数点を使ってもいいよ」というお許しが出たら、000の次は0.01、次は0.02…といった具合に細かく背番号が付けられます。整数の場合、000の次はすぐ001になりますが、小数点を使うと、000から0.99(001に達する直前)までで100人に背番号を付けることができます。同様に、001から1.99(002に達する直前)までも100人…と続けていくと、010未満でどれだけの人に背番号が付けられるかというと、整数の場合は000から009までのたった10人ですが、小数点を使用すると000から9.99までで、既に1000人に背番号が付けられてしまいます。つまり同じ桁数(データ容量)なのに情報量がとんでもなく増えるわけですね。

デジタル・オーディオでどんな利点が?

この情報量の多さが何に繋がってくるのかを説明すると、デジタル・オーディオの最大音量は0dBで、整数のビット深度では、0dB以下の値しか扱えません。ひとつ前の記事『あなたの楽曲はノイズまみれかも知れない【#2】ビット深度』でも説明したように、無音から最大音量0dBまでの間をどれくらいの解像度で記録するか、がビット深度でした。でもこの浮動小数点を用いると、なんと、0dBを超えた音まで扱い、記録することが可能です。

理論上は、0dBを超えて750dBまでオーバーしても波形が崩れることはなく、逆にマイナス方向へ750dB下げても元の波形に復元できるという驚異的なものです(ひとつ前の記事【#2】の実験では、整数の16bitではマイナス60dBしただけでノイズが出てきて、マイナス90dBした場合には全く復元できず、原型を留めないという非常に厳しい結果になります)。

では、整数の32bitと浮動小数点の32bitで、オーバーフロー実験をしてみましょう。

録音時は録音デバイスのビット深度がネックとなる

しかし気を付けないといけない点があります。「DAWの設定を32bit-floatにしてあるから、録音の時にどんだけレベル・オーバーしても大丈夫だぜ!」と思ってしまわないことです。録音時にマイクや外部から入力されたアナログのオーディオ信号をデジタルに変換するのは、DAWではなくオーディオ・インターフェイスです。ほとんどのオーディオ・インターフェイスでは、録音時のビット深度が整数のため、この段階でレベル・オーバーしてしまった場合、0dBを超えた部分をデジタル情報にはできない=歪む、ということです。既に歪んだ(0dB以上の情報が欠落した)オーディオ信号を、DAWがいくら32bit-floatで受け取っても歪んだまま記録されるので注意しましょう。

しかしながら録音時にDAW側を32bit-floatにしておくメリットが無いわけではありません。録音時にDAWの入力バスのフェーダーを0dB以外のところへ動かしたり、パンを振ったり、エフェクトをかけたり、オーディオ・インターフェイスから受け取った信号に何らかの変化を加えて記録する場合には、32bit-floatの恩恵を受けることができます。また、一部のブログやDTM教室では「録音デバイスが整数なら受け取るDAWをfloatにしていても意味がないので…」という解説が散見されますが、「録音時は24bit整数で録音し、レンダリングや独立ファイルの作成、トラックのフリーズ時には32bit-floatを使用し、また楽器や歌を録音する際には24bit整数に戻す…」などは、非効率的です。

まとめ

32bit-floatや64bit-floatをデフォルト設定にすることで、サウンドの品質を維持しつつ、作業の柔軟性を高めることができます。特に現在のPC環境では、ストレージや読み込み速度の制約も少なく、より高品質な音楽制作が可能です。不要な設定変更によるミスを防ぐためにも、浮動小数点を積極的に活用していきましょう。

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