デジタル音楽制作において、サンプリング・レートの設定がいかに重要か、ご存じでしょうか?実は、設定を間違えると「折り返しノイズ(エイリアシングノイズ)」というやっかいな問題が発生し、あなたの楽曲が平面的でザラついたサウンドに陥る可能性があります。この記事では、サンプリング・レートとナイキスト周波数の基礎知識を解説し、クリアな音質を実現するための適切な設定方法をご紹介します。
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サンプリング・レート
サンプリング・レートは、”デジタル・オーディオ信号の時間方向の解像度”と単純に捉えられがちですが、それだけではありません。さらに、サンプリング・レートの設定次第で、楽曲のサウンドが平面的でザラついたものになる原因となる”折り返しノイズ”が発生する可能性があります。ここで理解を深め、適切なサンプリング・レートを設定できるようにしましょう。
サンプリング・レートの正しい意味をまず理解しましょう。例えば、河川の汚染度を調べるために、あるポイントでひと月に10回、ガラス瓶に川の水を採取しているとします。これは “10回/月” と表すことができます。
同じように、音声信号の電位を1秒間に48,000回採取し、データ化します。これは“48000回/秒”であり、これをサンプリング・レート48000Hz(4万8千ヘルツ)と表します。CDのサンプリング・レートは44100Hz、PC上でのデファクト・スタンダードは48000Hzとなりつつあります。ではDAWでの音楽制作中も48000Hzで大丈夫なのでしょうか?
ナイキスト周波数とは
自然界は様々な高さの音に溢れています。人が聴くことのできる音の高さはだいたい20Hzから20000Hz(20kHz=2万ヘルツ)とされています。馬は3万4千ヘルツ、犬は5万ヘルツ、猫は10万ヘルツ、コウモリが12万ヘルツ、蛾やイルカに至っては15万ヘルツまで聴こえるとされています。人は自分たちに聞こえない2万ヘルツ以上の音を”超音波”と呼びますが、犬猫やイルカにとっては”ただの音”です。そういった人間には聞こえない音も自然界には溢れています。
一方でデジタル・オーディオの世界には”ナイキスト周波数”というものが存在します。ナイキスト周波数は、デジタル・オーディオが処理できる周波数(音の高さ)の最大値を指します。ナイキスト周波数は、サンプリング・レートの値によって決まります。サンプリング・レートが48,000Hzの場合、ナイキスト周波数はその半分である24,000Hzになります。それは音波の元となる”波”の1周期を作るのに”点”が最低2つ必要だからです。
(波を4つ描くには点は倍の8つ必要 = 波を24000描くには点は倍の48000必要)
ナイキスト周波数より高い音は折り返しノイズとなる
では、デジタル・オーディオの上限であるナイキスト周波数を超える音域の音はどうなるのでしょうか。昔むかしのテープレコーダーなら「そんな高い音は録音できないし再生できませんです。以上。」となるのですが、デジタルだとそれでは済まされません。ナイキスト周波数を超えた音は、全てノイズとなって可聴帯域に現れるのです。下の図はサンプリング・レート48000Hz時のイメージ図です。
ここではサイン波のテストトーンを0Hzから果てしなく高い周波数までスウィープしていった時の現象をイメージ化してあります。縦軸が周波数、横軸が時間です。青い線のように時間と共にどんどん周波数を上げていきます。まず、20Hzまでは人の耳に聞こえませんが、そこから20kHzまでは音が上がっていくのが聴こえます。そして20kHzを超えてスウィープ音が聞こえなくなった後、24kHzのナイキスト周波数に到達します。
その先、サイン波は上昇を続けますが、ナイキスト周波数を超えると音は”折り返しノイズ”として下がり始めます(赤い線)。20kHzを下回ると人に耳に聞こえるようになり(黄色いマーカー部分)、下がり切って0Hzに当たるとまた上がってきます。そしてまたナイキスト周波数へ向かって上がっていってナイキストにぶつかると折り返してきます。これを延々と繰り返します。振幅に変化は起きないので音量は元のサイン波と同じです。非常に厄介です。
ナイキスト周波数を超えた音がノイズになる原理
なぜナイキスト周波数を超えるような高音が、可聴帯域で鳴るのでしょうか。ここではもう一度川に例えます。ある川の汚染度は1日ごとに高い・低いを繰り返していたとします。グラフだとこんな感じ(ひとマスが1日と思って見て下さい)。
環境省の下請け業者が河川の汚染度を調査するため、川の水を3日に1回ずつサンプリングしたとします。赤い点が3日に1回のサンプリング・ポイント。
この点をつなぐと、「川の汚染度は3日ごとに高低を繰り返しています」という誤った報告がなされます。
これをオーディオに置き換えると、実際には黒い線のような短い波長の音(つまり高い音)であるはずが、ナイキスト周波数が低いために、本来とは異なる低い周波数の音が生じてしまいます。これが折り返しノイズです。自動車のホイールや扇風機の羽が、本当は一定方向に回っているはずなのに加速や減速の最中に反対方向に回っているような残像が見えることがありますよね。あれに少し似ています。しかしあちらは「単なる目の錯覚」ですが、こちらは本当に音が鳴ってしまうので非常に厄介です。
折り返しノイズを実感して頂くために簡単な実験をしたのがこの動画になります。
ナイキスト周波数を超えた音はいくらでも鳴っている
ここではサイン波の基音とその奇数倍音だけでの実験ですが、実際の音楽では特定の倍音だけではありません。アンプ・シミュレーターを使って歪ませたエレキギターやベースのトラック、エキサイターをかけたボーカル・トラック、リングモジュレーターやクロスモジュレーションを使ったシンセのトラック、これらからは高次倍音が出てきますし、その他汚し系・歪み系のエフェクトを使っても例外なく倍音が付加されます。ハイハットやシンバルには元々高い倍音が含まれています。ナイキスト周波数を超えたそれらは折り返しノイズとなって可聴帯域に現れ、サウンド全体を濁し、分離を悪くし、リバーブをザラつかせ、楽器のツヤを失わせ、ボーカルの立体感を奪います。
こういう背景があるため、家電メーカーやプラグインのメーカーはオーバーサンプリングしたりフィルタリングしたりと、折り返しノイズを低減するために様々な策を講じているわけです。サンプリング周波数は”ただの解像度”という簡単なことでは無いんですね。
まとめ
というわけで、ミックス作業に真剣に取り組むのであれば、少なくともサンプリング周波数を96,000Hzに設定することが必要です。それにより、多くの折り返しノイズを排除し、より立体的で艶やかで透明感のあるサウンドが得られるでしょう。もしPCのスペックが不足して作業が難しい場合は、処理能力の高いPCを購入するための資金計画を考慮しましょう。
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