【連載】デシベルの話(DTMer向け)#4(最終回)

今回は最終回、パンニングと音量との関係について話します。

モノラルからステレオへ

現在のように左右1対のスピーカーやヘッドフォンから音が出ることが当たり前になるのにも歴史があります。「1940年代から1970年代にかけてのステレオの進歩は、複数チャンネルの録音・再生時の同期の困難さを技術的に克服していく過程であり、同時に新たな録音媒体と録音再生装置を市場に売り込んでいく過程だった。大まかに言って、ステレオシステムはアンプとスピーカーが2つずつ必要となり、モノフォニックシステムの2倍のコストがかかる。消費者がそれだけの金額を出すに値すると考えるかどうかは明らかではなかった。」(wikipediaより)

パンにも歴史がある

今現在もモノラルのラジオはありますし、5.1や7.1チャンネルのサラウンド(主に映画)もありますが、音楽はやはり左右2チャンネルの”ステレオ”再生が主流です。そういったステレオ音像の中で音を右へやったり左へやったりする機能を”パン”といいます。これは見渡す限りの広々とした景色を表す”パノラマ”という言葉の略称です。パノラマ的ステレオ音像の中で音の左右の位置(定位)を決めるものです。初期のパンは、現在のようにツマミを回して好きな位置に音を配置できるわけではなく、左、中央、右の3択しかないスイッチ式でした。ユニバーサル・オーディオの610コンソールなどがそれにあたります。

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一番奥のスイッチがパン。L, M, R と見える

「古い曲を聴いた時にとんでもないパン設定になっていることがありますが、アレっていったい何ですか!?」と生徒に聞かれたことが何度もあります。例えばイントロで完全に右チャンネルのみからドラムとベースが聴こえてきて(左のスピーカーが壊れたかのように聴こえる)、次の瞬間左からギターとピアノが聴こえてきてビックリすると、中央がらボーカルが聴こえてくる、そんな感じです。スイッチなので仕方がない。

Pan Lawとは

さてここからが本題です。ミックス作業において、例えば1本のギターをソロにして完全に左へパンニングしたとしましょう。その時左のスピーカーから出ている音のエネルギーを100とします。左のスピーカーが100、右のスピーカーが0の状態です。当然ギターは左のスピーカーの位置から聴こえます。次にパンをぴったりセンターにしたとします。するとギターは当然中央から聴こえます。

【ちょっと寄り道】
実際には中央にスピーカーは無いのに、スピーカーの無い中央からギターの音が聴こえてくる。これは人間の聴覚の錯覚によるものです。左右のスピーカーから、寸分の違いもない音声信号が同じタイミング同じ音量で放たれると、人にはそれが中央で鳴っているかのように聴こえる、というものです。その時の中央の音像を”ファントム・イメージ”と呼びます(直訳すると”幽霊像”ですかね)。

さて、ギターが中央で鳴っている時のスピーカーから発せられるエネルギー=音響パワーについて考えてみます。ギターを左にパンニングしていた時は”左100:右0”でしたが、今はセンターにパンニングしたので左右から同じだけのエネルギーが放出されています。これがもし”左100:右100″だったらどうでしょう。空間に放出される音響パワーはスピーカー1本の時の2倍の200となり、当然ギターの音は大きく聴こえることになります。つまりパンでギターの位置を左右に動かすと、連動して音量も変化してしまう。これではミックス作業に支障が出てしまいます。なので中央にパンニングしても音が大きくならないよう補正する機能が必要であり、それが ”Pan Law” パン・ローです(直訳するとパン法)。

補正の仕方がいくつもある

パン・ローの補正にはいくつかの考え方があり、2本のスピーカーの音響パワー(スピーカーに与える電力)の合計を2分の1にするために-3dBの補正をしたり、音響パワーでなく音圧で考えて-6dB(音圧2分の1)の補正をしたり、その間をとって-4.5dBの補正を行ったりと、コンソールやDAWによって様々です。Neveのコンソールが確か-2.5dB(古いProToolsも同じ)、SSLは-4.5dB。DAWでは、Studio One, Live, Digital Performer など変更できないものはたいてい内部で-3dBの補正をしているものが多く、Logicは選択肢が3つ、Cubaseには選択肢が5つあります。

古いCubaseは確かデフォルトで-3dBでしたが、いつからか選択肢も増えて “均等パワー”がデフォルトになりました。均等パワーはスピーカーに与える電力=音響パワーレベルが常に一定(どこにパンニングしても)という意味なので、左右2つのチャンネルの出力の変化がリニア(直線)ではなく、平方根カーブを描いているはずです。それにより完全に端にパンニングした時とセンターにパンニングしたの時の音量差を無くすだけでなく、その中間のどこへパンニングしても合計の音響パワーレベルが均等になります。左端からセンターまでの左右2チャンネルの音響パワーの変化をイメージ化するとこんな感じ。

マルチトラックオーディオを異なるDAW間でやりとりすると、聴こえ方に差が出る(センターの音が大きく鳴ったり引っ込んだりする)のはこの為です。他には、ミックスをする空間がどれくらい音響特性的にトリートメントされているかや、スピーカーと壁との距離や反射、2本のスピーカー間の距離やリスニングポイントの遠い近いでもステレオ感は変わってくるので、自分の環境にあったPan Lowを試してみるのも良いと思います。

例えばDTM環境で、大きめの2台のディスプレイを横並びに配置してその外側にスピーカーをセッティングすると、リスニングポイントに対してスピーカーが開き過ぎたセッティングになります。そうすると中抜け(なかぬけ)と言ってセンターに位置したパートの音が希薄になってしまうので、その状態でミックスをするとセンターにパンされているパートのフェーダーを上げがちになってしまいます。逆にスピーカー同士の距離が近過ぎるとセンターのパートのフェーダーを下げがちになります(メイン・ボーカルが引っ込んだ失敗ミックスになりやすい)。いくつも選択肢があるDAWなら、そういったセッティングの弱点をカバーできる可能性もあります。一流のエンジニアが素晴らしいバランスでミックスした楽曲をDAWに読み込んで、PanLawの設定を色々と変えて再生してみて判断するのも良いかと思います(アマチュアがミックスした曲で試したらダメですよ)。

ではデシベルの連載は今回で終了となります。ありがとうございました。またそのうち何かやります!

 
 
 

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