ギターを弾かない時、弦は緩めた方が良いに決まっている

今から緩める緩めない論争に終止符を打ちます。

目次

「どちらが良いのか」という視点

「緩めなくてもよいかどうか」という次元は排除します。ここで論ずるのは、「〇〇しなくても構わないか」ではなく、「ギターのことを考えたら、どちらが良いのか」ということになります。

デスクの上に置かれた2つのミニチュアギター。1つは弦が緩められ、もう1つは弦が張られた状態を示す。ギターのメンテナンスを視覚的に表現している。

「緩めるのは面倒なんだよ、パッと取ってジャーンだよ!」この気持ち、よーくわかります!! なのでこういった人はここから先は読まなくて結構です。

「8800円のギターだからトラブルが起きたらまた買えばいい」これは正解だと思います。その人にとって所有しているギターがそれほど大切ではないわけですから、やはりここから先を読む必要は無いと思います。

「毎日緩めていると弦が切れやすくなるから」という人は、大切なギターより弦に払う数百円の方が大事とか、弦交換が面倒、ということになりますが、ギターを修理する時の修理費用を知ってから考えてみると良いと思います(ネックの修正は、3万円から5万円くらいで直せるケースも少なくありませんが、僕の感触では平均5万円から8万円、時に12万円かかったこともあります)

さてここから先は、「面倒」「ギターをまた買えばいい」「弦が切れやすくなる」などの次元より上の話になります。つまりギターを本当に大切にしたい人が対象です。

論点

緩める緩めない論争の論点は、

①変形その他のトラブルが起きにくくするには
②音や弾き心地などのコンディションを一定に保つには

という2点に集約されると思います。

ミニチュアの手がギターのペグを回して弦を緩めている様子。ギターのメンテナンス作業を表現したシーン。

鉄などの金属、プラスチック、ゴム、コンクリート、繊維、陶器、石など、あらゆる材料は、”負荷時間が長くなれば強度が低くなる” ことが実証されており、木材に関しても1930以来の研究・実験において、同様であることが知られています。

アコースティックギターの弦の張力は約70kgですが、この力をかけている合計時間が長ければ長いほど、あらゆるパーツの強度が落ちる、ということになります。まずこれが物理的な大前提となります。

ではここから、”緩めない方が良い”論者の、様々な言い分を全て論破していきます。

一刀両断 #1

「アルミや鉄を何度も曲げたり伸ばしたりしていると折れるじゃないですか? だから弦を緩めたり張ったりを繰り返していたらそれがきっとギターに負担になって、トラブルの原因になると思います」

これは金属疲労と混同しています。金属疲労とは、金属の ”極めて局所的” な部位(例えばL字に折れ曲がった鉄板の折れ曲り部分など)に応力がかかると、例えそれが小さな力であっても極めて微細な亀裂を生じ、一旦亀裂が生じると、亀裂の両端にさらに大きな応力が集中するため、繰り返しの応力によって亀裂が徐々に大きくなっていき、外から見ると大きな形状変化が見受けられないにも関わらず、ある瞬間に突然破断するというメカニズムです。弦の張力によって、ネックが反ったりトップ板が膨らんだりする局所的ではない現象(しかも木材)とは1ミリも関係がありません。さようなら。

一刀両断 #2

「そもそもギターは弦の張力に耐えられる前提のもと作られているので緩めなくて大丈夫」

もし弦の張力に耐えられないギターがあったら、弦を張っている間にみるみるネックが曲がっていって演奏どころではなくなるので、耐えられるように作られているのは当たり前です。ここでの論点は、「長期的にみて張りっぱなしの方が良いのか、頻繁に緩めた方が良いのか」なので、論点が完全にズレています。さようなら。

「長期間弾かない場合は弦を緩めてください」と世界中のほとんどのギターメーカーが言っています。作っている側が言っているのです。「ずっと張りっぱなしの方がギターに良いので、張りっぱなしでお願いします」というメーカーを僕は知りません※。長期間でなくとも、何百万円もするギターを使っているプロのギタリストなら、午前中弾いて、午後また弾くのであっても、ペグ半回転かそれ以上緩めてますけどね。

※米国T社は「緩めない」を推奨していますが、複数のリペアマンに訪ねたところ、緩めず使用したことでトラブルに至る頻度は他のメーカーとなんら変わりないというお答えでした。

一刀両断 #3

「私は数年間、アコギの弦を緩めたことがありませんが、全く問題が無いから大丈夫」

たった数年の間に問題が無かったからといって、それがギターに悪い影響を与えていないという根拠にはならないです。さらに数年後にどうなるか全くわかりません。僕が所有している7本のアコギのうち、2本のフォークギターは1972年製と1963年製、1本のクラシックギターは1971年製です。つまりこの3本は50~60年前に作られたギターです(ino先生が所有している素晴らしいサウンドのレスポールも25年モノです)。楽器とはそうやって長く使われるものです。たかが数年間だいじょうぶだったから、は何の根拠にもなっていません。さようなら。

「ミニチュアの古いギターが数本並べられているシーン。長く使用され続けてきたギターの状態を象徴的に表現している。

一刀両断 #4

「毎日弾くなら緩めないくても良いのでは? ショップの人もそう言ってたし」

「○○しなくても良いのでは」という考えの人には冒頭で去ってもらったはずでしたが… ここでは「どちらがギターに良いのか」という点で論じています。つまり毎日練習する場合、緩めた方が良いのか、緩めない方が良いのか、「どちらがギターのために良いのか」という論点になります。

ギターの練習が楽しくて毎日1時間は必ず弾くとしても、その他の23時間は「弾きもしないのに張りっぱなし」ということになります。「明日も絶対弾こう」と思っていても、残業が入ったり友達に誘われたりで結局弾けなかった、こんなことはいくらでもあるでしょう。もし練習を2日もサボれば、たった1時間の練習のためにギターには71時間、70kgもの張力がかかりっぱなしということになります。だからギターが大切なら、その日弾き終わったら必ず緩めた方が良いのです。この世界のどこに「張ったり緩めたりを繰り返すとギターに良くないよ」と言っているギターメーカーがありましょうか(ありますT社)。毎日弾くなら緩め”なくても”いい派の方、さようなら。そして緩め”ない方が”いい派のメーカーの方、よそとは逆のことを言ってブランドイメージを差別化しようとしている根性が見え隠れして嫌な感じですよ!

一刀両断 #5

「張りっぱなしの方がベストなコンディションを保てる」

緩めてあった弦を一度チューニングしても、弾き始めはどんどん緩んで下がるので、最初の数分は何度もチューニングをすることになります。また、サウンドも同様です。弦が伸びるだけでなく、ネックもボディも木ですから、安定するまでに少し時間がかかります。本来のサウンドが出てくるまでに15分とか30分とか、そういった時間がかかります。

しかしこれは弦を張りっぱなしにしている場合も同様です。チューニングやネックの動きは無いにしても、弾き始めはあまり鳴りません。長く弾かれていないギターだと1時間くらい弾かないと鳴ってきませんし、何年も弾いていないギターは何日も弾かないと鳴ってきません。つまり”弦張りっぱなし” がコンディションを保っているのではなく、頻繁に弾くことがコンディションを保つのです。逆に言えば、弦を張りっぱなしにしていたってずっと弾いていなければコンディションは保たれないのです。

もし弦を張りっぱなしの方がギターのコンディションがベストに保たれるのなら、500万円も800万円もするようなクラシックギターをズラリと並べているショップが、全てのギターの弦を張りっぱなしにして販売していることでしょう。「張りっぱなしにしてありますのでコンディションはバッチリです」と。でも実際には1本たりとも張りっぱなしになどしていないことから、コンディションをベストに保つ=張りっぱなしにする、ではないことがわかります。

毎日、ライブやレコーディングの仕事でライブハウスやスタジオを飛び回ってギターを演奏しているプロのギタリストが、サッとベストなコンディションのサウンドを出すために、ペグを半周か1周しか緩めないのは理解できますが、これを読んでいる皆さんはそういう人ではないでしょうから、さようなら!

一刀両断 #6

「俺は緩めない。トラブルが起きたら起きたで何万円、何十万円かかろうが修理して何十年でも使っていけばいい」

大きなトラブルを修正すると、ギターの音色が変わります。ネックにしろブリッジにしろ表板の割れやゆがみにしろ。大規模な修繕だと劇的に変わってしまう時もあります。「何十年も使っていきたい!」と思うほど大好きなギターの音色がガラッと変わってしまうのです。これはできるだけ避けたい事象ではあるけれども、何十年と長く使っていく間 ”ノートラブル” ということはあり得ないので、受け入れなければなりません。しかしながら「弾かない時は弦を緩める」をすることで、トラブルまでの時間を延ばすことができます。「音が激変したって関係ねーぜ」という奇特なギタリストはお好きにどうぞ。さようなら~♪

どれくらい緩めるか

ダルンダルンです。「緩め過ぎはネックの捻じれの原因になる」という記事をしばしば見かけますが、「原因になった」と実際の事象を報告している記事を見たことがありません(見たことがな無いから絶対に無いとはもちろん言いません)。逆に「ダルンダルンにしているけど、反りも捻じれも何も起きたことが無い。だから持ってるギターは全部ダルンダルン」といった記事はいくらでもあります。

もちろん中にはダルンダルンでも反る場合があるでしょうね、相手は木ですから当たり前です。例えばドラムのスティックなんて弦など張っていなくても一定数の個体は反ります。日本は気温や湿度の差が激しいので海外から輸入したスティックは反りやすい。なんなら日本に着いた時点、店頭に並ぶ前から反ってる個体が結構あります。つまりここはロサンゼルスではなく日本だという時点で木が反りやすい環境です。だからこそギターの弦は必ず緩めるべきです。ダルンダルンでOK。(張る・緩めるをあまりに頻繁に繰り返すとブリッジの接着剤にストレスがかかる可能性は若干あるとは思います。貼り直せばいいだけですけどね)

デスク上でミニチュアの人物がギターのメンテナンスを行い、弦を緩めている様子。ギターケアの重要性を伝えるシーン。

まとめ

アラ還の自分が、初めてギターを買ったのは中2.これまでギターをリペアショップに持っていって「あーあ、緩めたり張ったりを繰り返しているからこうなっちゃうんだよー」と言われたことはありません(こんなことを言っているリペアマンがいたら教えてください)。ギターを修理に持っていって「あーあ、残念だね。弦を張りっぱなしにしていたんだね。」と言われたことは、長年ギターを弾いてくれば誰でも1度くらい言われたことがあるでしょう。

これを要約すると、修理が必要な変形その他のトラブルは ”緩める張る”の頻度には関係がなく、張っている時間が長いとトラブルが起きるまでの時間が早まる可能性が高い、ということです(リペアマン、プロのギタリスト、オリジナルのギターを制作・販売をしている職人さんなど、みんなが知っていることを偉ぶって声高に述べているオレちょっと恥ずかしい)

結論

ギターを大切にしたいなら、その日弾き終わったら弦を緩める。「後でまた弾こう」と思っていても結局弾かなかった場合は寝る前に忘れず緩める。これが僕の思う正解です。緩めるのが面倒な人は、おかしな理由をつけて自分を正当化するのではなく、「弦を張りっぱなしにすると、長期的に見てギターにはほとんど悪い影響しかない」このことを承知の上で、堂々と張りっぱなしにしたら良いと思うんですよ。妙な理屈をつけて正当化しようとしないことですよ。みっともない。

「俺はめんどくせえ事は大嫌いなんだよ!知らねえよ!弦なんかいちいち緩めねーよバーカ!」

イイじゃないですか!パンカー!ロッカー!俺はそういうのだって大好きだぜ!! 誰しも自分がどうするかは自分の考えを元に決めたらいいんですから。

結論:張りっぱなしはギターに悪い。でも好きにすればいい。

1963年製Gibson J-45のサウンドホール部分のクローズアップ写真。経年による木材の質感やギターのディテールが鮮明に写し出されている。
Gibson J-45 1963

おまけ

実際のところ、弦を緩めるかどうかより大切なのは音度湿度の管理の方なので、弦を緩めて安心せずそちらに気を配りましょう。

A:この木製のつり橋は、この10年で5万人の人が渡りました。雨がかからないよう屋根付きです。しかも木部に直射日光が当たらないよう工夫しています。

B:この木製のつり橋は、作られてから10年間、完全に雨ざらしです。メンテナンスも全く行っていません。完成してから誰ひとりとして渡っていません。

落ちたら死ぬとして、どちらを選びます?Aの板はなんと5万回もの”応力のあるなし” を受けています。Bは応力のあるなしはゼロ回。しかし木が湿気てフニャフニャになっているかも、腐っているかも、直射日光でパリパリに乾燥して豪快にひびが入っているかも知れません。・・・つまり木材の疲労(正確には疲労と言いませんが)による強度の低下は、応力を受けた回数ではなく管理方法と深い関係があるのです。

当教室では初心者向けの楽器指導も対応していますが
主に音楽理論や作編曲、ミックスやマスタリングを中心にレッスンしています

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