60年前の東京

昭和の東京シリーズ
第5回 車載カメラが捉えた昭和の東京 環状七号線
(昭和36年(1961年))

9’49” で常磐線の線路に突き当たるんだけど、ここを右へ200mくらい線路沿いに進むと亀有駅。僕の実家はこのあたりで今も母と姉夫婦が暮らしてます。

今現在はこんな感じ。

この高架線をくぐって100mくらい進むと、僕が今でもしばしば訪れる香取神社(”こち亀” 実写版で香取くんがロケしてた神社)があります。あ・・・北野武が漫才コンビ、ツービートでブレイクする直前に住んでいたのもこの少し手前のアパート(友達と何度か行った銭湯を実はたけしも利用していた)、そして”こち亀”の原作者、秋元治がブレイク直後に住んでいたのもこのあたり(実家の隣り)、あと手品師の伊藤一葉が住んでいたのもこのあたり(息子と友達で家にも遊びに行った)、あとChemistryの川畑が住んでいたのもこのあたり(接点ナシ。唯一の音楽関係なのに・・)、あと貧乏ミュージシャン時代にカネに困ってよくお世話になった質屋もこのあたり。

僕が幼い頃の環七はこの先国道6号線(水戸街道)に突き当たったところで終わっていたけど、およそ10年後にはまっすぐに東京湾まで開通。そしてその10年後には環七が東京湾に突き当たったところから左(東)へ1キロくらい進んだところに東京ディズニーランドがオープン(70年代まで関東随一の “総合娯楽施設” だった船橋ヘルスセンターから ”テーマパーク”という次世代へ)

大昔の話しだな。。どうりで年を取るわけじゃわいヨボヨボ

 
 
 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次