何を聴くか、ということ

よく、ネットに上がっているボカロ曲なんかを熱心に聴いている生徒がいるけども、そういう生徒に「自分が作るのはボカロ曲でもいいけれど、もっと良い音楽を聴くように。」と言うと、「え?でもボカロ曲を作っている人の中にはプロもいますよ?」とか言いだします。まぁまぁな頻度で。

僕が伝えたいことの要は、それが音楽として”本物”かどうかということ。ある生徒に、既存曲を耳コピしてくるように宿題を出したら、僕の曲を耳コピしてきたんだよ。だから「なにやってんの!?もっと素晴らしい曲が世の中にたくさんあるのに!!」って。

”人類の遺産”と言えるような素晴らしい作品をたくさん観て聴いて、人生の多くの時間を注いで必死で頑張ってプロになったとしても、たいていは10年後には誰も聴いていないようなウンコみたいな曲しか書けないんだから。じゃあ僕レベルだの、その辺のプロの端くれのそのまた端くれみたいなアマチュアに毛も生えてないようなのが書いたウンコだかゲロみたいな曲を聴いて、いったいどんな素晴らしいものが出力できるの?っていう。

それと、例えば”テンポを固定せず、ピアノ1つで自由に表現する”なんていう、とんでもなく敷居の高い手段を選ぶような場合は、「ドンドンガシャガシャバーンバン」とかやってる、繊細な表現のカケラもないような音楽を聴いていても、必要な感覚はなかなか育たないんじゃないかなぁ、と思う。

声楽をやってる生徒に、ino先生が「良い作品になったから、クワイヤの音源とかで打ち込んでみれば?」と言ったら、「音源はあまり好きじゃないんですよ。あれって泣かないじゃなないですかぁ」って。「あの生徒はわかってる!」ってino先生喜んでいたよ。彼は友人を集めて歌って録音するそうです。最高だね。

僕とかファンクが好きだからこれまでよく作ってきたけど、打ち込みだとどんなに頑張っても”汗の臭い”とかしないんだよ。もしファンクを聴くなら、僕が打ち込みで作ったシャビシャビなものより、”本場”の”本物”のコテコテを聴いて真髄を理解しないとダメだってこと。「え?でも先生もプロなんですよね?」じゃないってこと。僕とジェームス・ブラウンは同じレベルじゃないし笑、ino先生とショスタコーヴィチが同じレベルじゃないってこと。僕が打ち込んだドラムは、バーナード・パーディーと同じじゃないし、ino先生の打ち込みの表現が、カラヤンがベルリンフィルを指揮した人類の遺産的な演奏表現と同じじゃないってこと。

もちろん、どこの誰が作ったかわからない最新の音楽を聴いて、”流行りのリズム”や”現代的なミックスのエッセンス”や”今時の歌詞のハマリ”を知るのも有益ではあるけれど、音楽の根源的な表現を磨きたいなら、”稀代の大天才が命を削って作った作品”を聴こう! というお話でした。

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